吸収と表現の毎日

人生の余白を文字と旅で埋めていきたい

Night lesson.

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意味不明な状況と思われるでしょうが、こちらは後転しながら首倒立して片足がいままさに着地した状態。肩抜きという技。なぜか引力に逆らう動きを好む傾向。

今夜は、ステップと床技を思い出すことに集中。コンテンポラリーダンスが、抽象的過ぎて踊らぬ人には興味も沸かぬよくわからない不思議作品になるのが非常に嫌い。そうならない作品を作るために、床技は部分的に留め、ステップを多用して群舞を盛り上げ、静:動の比率は3:7程度にするのが我流。床技が多く、静:動の比が5:5を超えると、その作品はもう「わかるひとにはわかる(本当にそうなのかは謎)」不思議な作品に発展してしまう。

せっかくのエンタテインメント、間口広くいきたい派です。
作品を観ている観客の表情を幕間から観察し、次の公演まで構成を練り直したり、振りをわかりやすくするなど、圧倒的にエンタメとしての舞踊を目指しています。

今日は、過去に創ってきたステップも久しぶりに踏んでみたけれど、ステップの合間に足の甲やサイドを床に引きずるものが多く、バレエシューズを履いていても火傷した。こんな痛いステップをたくさんの後輩たちに踊らせてきたと思うと・・・みなさん、足は無事でしょうか。陳謝。謝りついでに、やたら体を反らせる振りが多かったのも・・・後輩のみなさん、腰は無事でしょうか。

当の本人は、強がって学校まで到着したものの痛みに耐えかねて授業中に保健室に運ばれ、大会前日に麻酔打ってもらって舞台に上がっていた。その後遺症は今でも。でもさ、踊るって生きるってことに近いんだよ、ほんとに。今年はしばらく踊りそう。再来週末、ひとりで東南アジアに行くのでそのとき踊ってみようかなあ。大学時代、TOKYO FMの前で動画撮影のために両手を振り上げる踊りをしていたら、意図せず皇居に向けて万歳をし続けていて警察に職務質問されたことが。嘘のような本当の話。外国では職務質問されないように気を付けよう。

踊りは言葉を超える言語となるか、否か。

*Dancing&Writing BGM


Adiemus - Cu Chullain

この編曲が大好き。人に気付かれない程度に別の曲を裏に薄く引いたり、テンポ変えたり、一部裏再生にするなどのミキシングするのも楽しいのだけど、この曲はかつてこのまま使った。